神戸地方裁判所 昭和44年(秩ろ)23号 決定 1969年12月12日
本人
樺嶋正法
主文
本人を過料三万円に処する。
理由
(事実の要旨)
本人は、大阪弁護士会に所属する弁護士であるが、被告人古川和義外一四名に対する往来妨害兇器準備集合公務執行妨害傷害被告事件の第四回公判期日である昭和四四年一二月一一日に神戸地方裁判所第二一号法廷に弁護人として出頭していたところ、公判廷に出頭した被告人一四名(うち五名は勾留されている被告人である。)に対する人定質問が終つた直後でまだ起訴状朗読にいたらない同日午後四時三〇分頃、発言を求めて「法廷の在り方」につき「申入書」と題する書面にもとづいて意見を述べるとまえおきしながら、その訴訟行為のなんたるかを明示しないまま陳述をするにいたつたが、さきに同被告事件の第一回公判期日(同年一一月一日)及び第二回公判期日(同月二〇日)の法廷において、そのつど、被告人らがそのうち勾留されている被告人五名の戒護にあたつている看守一一名を法廷外に排除すべきことなどを要求して被告人席に着くことを拒否し、裁判官の被告人らに対する再三再四にわたる着席命令及び発言禁止命令を無視し続け、開廷後約一時間四〇分(第一回)から一時間二〇分(第二回)経過してもなお人定質問を受けることすら拒み、約五〇名内外の傍聴人とも相呼応して怒号、シユプレヒコールをくりかえすなどして法廷内喧騒をきわめたことから、ついに法廷警察権が発動され、あらかじめ控室に待機させておいた警察官約三〇名が法廷内に導入されてようやく被告人・傍聴人に対する退廷命令等が執行されるにいたつた事態、及び裁判所が右の各事態に処して法廷等の秩序維持に関する法律による制裁裁判をおこない、その結果過料一万円に処せられた被告人三名(第一回)、監置一五日に処せられた被告人四名(第二回)を出すにいたつた経緯に関し、すでにその事情をつぶさに知悉しながら、裁判所が法廷の秩序を維持し、裁判の威信を保持するための当然の職務の執行として執つたにすぎない前記警察官の配備・指揮、被告人らに対する退廷命令・拘束・制裁等の措置について、いまさら弁護人の見解を披するとして陳述を進め、起訴状朗読前の段階においてことがらの性質上当然にはその陳述が許されない事項であるだけに裁判官から二度にわたつてその陳述を制限されたにもかかわらず、これに従わず、その陳述のなかで、裁判所の前記職務執行に関し、警察官の控室待機を「戦国時代の武者隠し」に擬らえてあてこすり、被告人・傍聴人に対する退廷命令等の警察官による実力行使を目して「被告人・傍聴人をデクの棒として裁判がおこなわれる。」として非難し、「軍事裁判や秘密裁判」の在り方が当庁各法廷の「判事の理想なのか。」と問いかけ、そのような裁判官の「愚劣なる思想」に「猛省を促す」といつて迫り、さらに法廷の秩序あつての裁判であるとして訴訟指揮権・法廷警察権の適時適切なる行使を努める裁判官のことを指して、法廷の理想的な在り方はいかにあるべきかという「ような問題意識や追求を最初から放棄し、静謐さ」やいわゆる「明鏡止水のために民主的実質原則を切り捨て人間不在の権力空間を志向」するものにほかならないといつて「強く指弾」すると揚言するとともに、いうところの明鏡止水はその実「迷鏡死水」(わざわざ註を付して)であると揶揄し、前記各公判期日における「法廷の混乱の責任は挙げて」その責任を被告人・傍聴人のそれに転嫁して退廷・拘束・過料又は監置の制裁の形でおこなうところの当該裁判官の「誤まつた実務に」あるといい放つなどして、法廷の秩序維持に関する裁判所の前記職務執行について、裁判官及びその所属裁判所をことさらに誹謗し、つぎに、勾留されている被告人の公判廷における身柄確保のために法廷内に配置された看守を法廷外に排除すべき旨の弁護人・被告人の要求事項については、すでに第一回公判期日いらい右要求を容れる余地のないことを裁判所が一貫して対応してきているにもかかわらず、なおも右要求事項を問題にして裁判所の見解が明示されるべきことを要請する旨を執拗に発言し、これに対して裁判所が、右発言の趣旨を善解して法廷内において身柄被告人の戒護のために同被告人五名一列着席のすぐ後列から側方にかけて看守一一名を控えさせて着席することととした措置に関する弁護人の異議の申立てであるとして、右の申立てに対する決定をおこない、その理由のなかで「看守の身柄被告人に対する戒護権限も法廷内においては裁判長の訴訟指揮権及び法廷警察権の制約下に機能しうるにすぎないが、勾留されている被告人の公判廷内における身柄確保の第一次責任はやはり拘置所にあるのであつて、裁判所にはないと解する。したがつて、当公判廷における身柄被告人五名に対する看守一一名の右着席配置は拘置所の職務権限及びその責任の所在にてらして相当の措置というべきであるし、裁判所の裁量権の行使としても、右措置をもつてその裁量の範囲を逸脱し又はその裁量権を乱用したものとみるのは当らない。」として右申立てを棄却し、かつ弁護人の重ねての同旨申立てに帰するほかない発言に対し「刑訴規則二〇六条の規定にもとづき蒸し返しを許さない。」旨をいつて不適法却下の取り扱いをしたにもかかわらず、「返事になつていない」といつてなおも法廷の在り方につき「ここは法廷か、刑務所か、拘置所か。」「ここは刑訴規則の通用する場なのか、拘置所規則の通用する場なのか。」と糾問をくりかえしてやまず、ついに裁判官から「看守配置問題に関するかぎり弁護人の発言を禁止する」旨を命ぜられ、かつ「この命令は法廷警察権にもとづくものである」ことをとくに警告されるや、かえつて裁判官に対し「ここは行政裁判所じやない。行政裁判じやない。」「すくなくとも弁護人の発言を禁止するなら」その「禁止するだけの根拠があるはず。」などといつてくいさがり、ついで裁判官から「弁護人着席しなさい」と命ぜられたにもかかわらず、「着席する必要はない。」と突つ撥ね、起立・発言を続けて右発言禁止命令及び着席命令に従わず、また、法廷の秩序を維持するため裁判所がある事項を命じ、もしくはある措置を執り、または当該命令・措置を執行するさなかにおいて、すなわち法廷警察権が現に発動されている状態のもとにおいては、訴訟関係人のいかなる申立て・請求・陳述等の訴訟行為もこれを制限することとしているところ、第二回公判期日において着席命令及び発言禁止命令を無視し続けたことにより監置一五日に処せられ、その執行を受け終つたばかりの被告人小川俊次が法廷においてなおもかつてに発言を瀕発して裁判官から「すこし自重したまえ。おどかしてもなんでもない。このあいだも……」といいかけられるやいなや、「同被告人に対してそういうおどかすようなことを」いわないようにと遮つて裁判官をたしなめたり、このような弁護人の支援に鼓舞されてかやがて無断発言を激しくくりかえすにいたつた同被告人に対する退廷・拘束の措置を執るべく、裁判官が同被告人に対して「発言台のまえに出なさい。」と命じたにもかかわらず、退廷・拘束されるにいたるべき情況(退廷・拘束の執行の際の被告人らの作為的な摩擦や混乱を避けて、当該執行の対象たる被告人を事前にその着席列中からはずさせるために、いちおう発言台に立たせるのである。)を察知してその席を立とうとしない同被告人のために「どういう権限で前に出ろ」というのかとすかさず裁判官に詰問したりなどして、裁判官の法廷警察権の行使に対しことさらに制肘を加え、さらに、人定質問終了後弁護人及び被告人らによつて約一時間空転をよぎなくされた同日午後五時三〇分頃にいたり、いよいよ冒頭手続を進行させるべく裁判官が検察官に対して起訴状の朗読を命じ、これに従つて検察官が起訴状の朗読に入つたにもかかわらず、起訴状朗読の訴訟行為のさなかにおいて、裁判官に対して瀕りに発言を求め、裁判官から「現におこなわれている起訴状朗読が終了するまでは弁護人の発言はいつさい禁止する。」旨の法廷警察権にもとづく命令を発せられるや、「裁判長忌避を申し立てる。」と叫んでかつてに退廷する様相を示し、ただちに裁判官から「被告人らの弁護人を辞任しないかぎり在席しなければならない義務がある。弁護人の退廷は許さない。着席を命ずる。」と重ねて命令が発せられたにもかかわらず、右在廷命令に従わず、ほしいままに退廷し、もつて裁判所の職務の執行を妨害し、かつ、裁判の威信を著しく害したものである。
(裁判官 中川幹郎)